嫁で息子で・編・09



夕食という名の宴会も終わり、ようやく三城は幸田と共に二人きりの部屋へと戻った。

散々に酒は飲んだが、気を張り続けていたからか酔いはあまり感じていない。

恭一にしても、言いつけを守ってくれ初め2・3杯以降はノンアルコールにしていたので頬を染める程度だ。

「料理、美味しかったね。皆でワイワイするのも楽しかったし」

「そうか?ま、俺としては恭一が喜べばそれで良いんだがな」

寝る為だけに確保したようなその部屋につき、板の間を渡り座卓の置かれているメインルームに入ると恭一は両手をあげて伸びをした。

どんなに親しげにしていたところで、恋人の親兄弟と過ごす時間は気を使わない筈が無い。

それを察せられない三城ではなく、恭一の隣に立つとその肩を軽く叩いた。

「お疲れ」

「え?何が?」

「母さんや兄さんの相手だ。恭一一人に押し付けてしまった」

「別に僕は押し付けられたなんて思っていないよ」

「ありがとう」

もしも本心で何と思っていたとしても、このような時の恭一は絶対に苦言を口にしない。

フッと笑みを浮かべ見上げる恭一に、三城は自分に無いものを感じずに居られなかった。

自分はこんなにもドロドロとした感情を持っており、それを完全に隠そうともしていないというのに。

「すぐに寝るか?それとも一息つくか?」

「ん・・・、一息つこっか。・・・・、せっかく、春海さんと二人に、なれたんだし」

「可愛い事を言うじゃないか」

「そ、そんなつもりじゃ・・・あ、お茶、淹れるね」

「あぁ、頼む」

どこか早口に言った恭一は、三城に背を向けるようにし急須に湯を注いだ。

浴衣と、そこから覗く首筋が、なんとも色気を帯びている。

その姿を横目に、三城は部屋の隅に適当に置いていたバッグへ向かった。

二人分の衣類と三城の電子機器類を入れて来たバッグに忍ばせたもう一つ。

ラッピングの施された薄い手のひらサイズの箱を手に、三城は座卓へと戻ると恭一のすぐ近くへ腰を下ろした。

「はい、春海さん。熱いから気をつけてね」

「あぁ。恭一」

「なに?」

「プレゼントだ。27歳、誕生日おまでとう」

さりげなさを装い、三城はそれを恭一へ渡した。

物自体は本当に大した物ではない。

三城にしては珍しく、高価でもなければレアでもない代物だが、けれどそこへ辿り着くまで散々に迷いはした。

日常的に使用して欲しい、出来れば己と同じ物を、そう考え選んだ結果である。

「・・・恭一?」

だが、小ぶりで軽いそれを両手で受け取った恭一は、そのままただ箱を見つめるばかりであった。

沙耶子や秋人の時は直ぐに中を見ていたというのに。

何故自分の時は何もしようとしないのだと、三城がいぶかしみ始めたのを察したのか、恭一は箱を見つめたまま小さく口を開いた。

「春海さん、ありがとう。いいのかな、春海さんからも、貰っちゃって」

「何を言っている。俺がこの日に何も渡さない訳がないだろう」

それは先程も沙耶子らに言った言葉だ。

どれだけこの日を、最愛の恭一の誕生した日を大切に想っていることか。

嬉しくもない同じ事を何度も言わせるなと声を尖らせたが、しかし恭一は依然箱を見つめたまま素直に頷いた。

「そうだよね。春海さんは絶対、いつも、特別な日には特別な事をしてくれるよね」

「・・・・恭一?」

「夕方さ、喧嘩・・・っていうか口論になった後、ずっと考えてたんだけど。春海さんもしかして今日、何か予定してくれてたりしたんじゃないかって」

「・・・・」

「普段の春海さんだったら絶対何かしてくれる。それなのに、そんな事一言も言わず今日旅行に来てくれたんだって。そう考えると・・・申し訳ないのと、嬉しいのとがあって。それだけでも十分僕にはプレゼントだったのに、これまで貰っちゃって・・・」

そんな事を、考えていたのか。

ただ沙耶子や兄らと楽しげに会話をしているだけだと、伝えていない自分の想いなど知らないものだと、思っていた。

けれど恭一は───。

「確かにな。プランは立てていた。だがそれは恭一が気にする事ではない。何度も言うが、俺にとっては恭一が喜ぶ事が一番だ。今日が誕生日であるならなおさらな」

「春海さん・・・」

「それはIDストラップだ。俺が使っている物と色違いだが、使ってくれるか?」

「うん。うん、もちろんだよ。ありがとう、春海さん」

箱を手にしたまま、近い距離の恭一が座ったままその頭を三城の肩へ預けた。

トンッとした程よい重みをそこに感じ、とても心地良い。

その背を抱き恭一を腕の中に収めると、顔の見えなくなった恭一は長く息を吐き出したかと思うと苦笑混じりに笑った。

「不思議。春海さんと居ると、気が緩んじゃうっていうか、油断してしまうんだ」

「なんだ?誘っているのか?」

「そういう事を言ってるんじゃないんだって。今まではさ、一人で暮らして、仕事して、性癖の事とかバレないようにって気も張って。頼れる人とか、両親も居なくて。しっかりしなきゃって自分を奮い立たせてたところがあるんだ。でも・・・」

「・・・でも?」

「春海さんと居ると、どうにも甘えてしまうんだ。そんなに気を張らなくてもいいかって。随分、春海さんに寄りかかってたね。今回さ、春海さんの予定とか気持ちとか考えずに、自分が嬉しかったからってこの旅行に行くって言ってしまったりしてさ。改めて、思ったんだ」

預けられた恭一の身体。

独り言のように囁かれる言葉、その一つ一つが三城の予想外で。

そんな事を考えていたのかと、先程の何倍も強い感情が浮かんだ。

自分の前では油断をしてしまうというのは、どんなに深い愛の言葉で、ノロケだろうか。

恭一が愛しい。

成人した立派な社会人だと解った上で可愛くて仕方が無く、だからこそ余計に、三城の庇護欲と独占欲、そして支配欲すらも刺激されてしまう。

「だから、僕はもしかしたら、出会った頃より変わってしまったかも。それって、春海さんにとってどうなんだろう、とも思ってさ・・・」

「何を言っている。俺は、俺がやりたいと思って恭一を甘やかしているんだ。だから、寄りかかられているとは思わないし、いくらでも気を抜けば良い」

「春海さん・・・・」

「恭一は俺の人生で唯一、何でもしてやりたい、甘やかしたいと思ったんだ。だから、素直に甘えていろ」

「・・・・でも、これからもそんな風にされたら、ダメな人間になってしまいそう」

「なれば良いさ。もっとも、恭一は大丈夫だ。俺と一緒ではない時、仕事などではどれだけ真剣なのか知っている」

もちろん、学校での恭一は知らない。

だが家で持ち帰った仕事をしている時、たまたま見たテレビで数学関係の内容をしている時。

不意に恭一が表情を変えるのは知っている。

自分にはあまり見せない部類のそれは、だからこそ特別綺麗に感じられた。

「そんな風に、見てくれていたんだ・・・。今度は、二人で旅行に来ようね」

「あぁ、その時は今日よりも良い思い出を作らせてやる」

「春海さん・・・」

恭一の手から、渡したばかりの箱を取り上げる。

それを無造作に座卓の上に置くと、三城は恭一の腰を抱き唇を奪った。

薄い唇は男にしては柔らかく、そしてまるで中毒のように、もうこれしか要らないと思える。

時間を忘れさせる口付けの後、布団へ行こうかと先に囁いたのは恭一であった。



  
*目次*