夜の太陽・昼の月・7


近藤は倒れた琥珀を抱き上げると、タクシーに乗り込み自宅へと連れ帰っていた。

都内にある近代的な高層マンションの上層階が近藤の住まいだ。

病人の介護などした事のない近藤は、琥珀をどう扱っていいのか解らず、とりあえず組のブレーンである若頭・佐伯【さえき】に電話で助けを求めたのだが、その答えがこれだ。

「何やってるんですか、、、とりあえず暖かくして寝かせときゃ大丈夫でしょう」

「おい、そんな適当なッ」

プッーツーツー

最近の近藤の行動には怒りを覚えているのは知っていたが、何も見捨てるように電話を切ってしまう事はないだろう。

「俺の下で働く気あんのか?」

すでに繋がってなどいない電話機に向かって悪態を吐くと、言われるまでもなくベッドへと寝かしていた琥珀の元へと向かった。

市販の薬を無闇に与えていいのだろうか。

そんな事すら近藤には解らなかった。

今晩一晩様子をみて、それでも体調が良くならなければその時は病院に行こう。

今は健やかに眠っている。

額に濡れたタオルを乗せておいたので、熱も少しは下がったのかもしれない。

ベッドの傍らに寄せた椅子に座った近藤は、琥珀の寝顔を見ながら安堵のため息を吐いた。

「良かった、、、」

たかがた熱くらいで、と思うかもしれないが、近藤にとっては一大事だったのだ。

自身が滅多に病気になど罹らないせいかも知れないが、今にして思うと恥ずかしいほどに慌てふためいてしまった。

至極優しい手つきで、近藤は琥珀の頭を撫でた。

「ん、、、」

「琥珀?」

暫くして琥珀が瞼を震わせ目を覚ました。

ぼうっと視線を彷徨わせていたが、近藤を見つけると安心したように微笑む。

「彰さん、、、」

シーツから片手を出すと、近藤へと伸ばす。

近藤は咄嗟にそれを両手で握り、顔を近づけた。

「大丈夫か?」

「、、はい、もう大丈夫です」

「そうか」

顔色も随分と戻っていた。

全快には程遠いが「大丈夫」は全くの嘘ではないのだろう。

琥珀は握られていない方の手をベッドについて上半身を起した。

「ご迷惑、おかけしました」

熱のせいか潤んだ瞳をしており、心底申し訳なそうに頭を下げる。

「何言ってるんだ、気にするな」

「ありがとうございます」

やっと顔を上げた琥珀の頬に、一筋の涙が流れた。

「なぁ、琥珀、、、」

ピンポーン

近藤の言葉を遮るようにインターフォンが鳴り響いた。

無視をしてしまおうかとも思ったが、チャイムは何度も鳴るし、琥珀が「何故でないのか」と、不思議そうに見つめるのでそうも言ってられなくなる。

「チッ、、ちょっと待っててくれ。ちゃんと寝ていろよ?」

近藤は名残おしげに琥珀の手を離すと、黙っていれば直ぐにでも出て行ってしまいそうな琥珀の性格を見越して釘をさした。

琥珀もまた、言われては仕方が無いと、コクリと頷く。

「はい、、、あ」

面倒だと全面に現した声で言い玄関を開けると、そこには部下の一人が居た。

20歳そこそこだが礼儀がしっかりしている男だ。

だがその男は、佐伯と盃を交わしている直属なのだ。

何事かといぶかしんでいると、その男は頭を下げながら近藤にビニール袋を差し出した。

「若頭に届けろって言われて持ってきました」

受け取ると中には解熱剤が入っていた。

琥珀の為に持って越させたのだろう。

先ほどの突き放したようなセリフを思い出し、ふっと失笑が漏れた。

「それと伝言も預かってます。」

「伝言?」

「はい、これ、メモです」

男が差し出したメモには、見覚えのある几帳面な文字が書かれていた。

『父親を潰すなら合法的に可能』

やはり優秀な男だ。

近藤の考えはお見通しという訳か。

ニヤリと笑うと、そのメモを手の中でグシャリと握りつぶし、証拠隠滅とばかりに男のポケットへと突っ込む。

「佐伯に伝えておけ。『早急にやれ』ってな」

「わかりましたっ」

男は勢いよく頭をさげるとエレベーターホールへと消えていった。

   
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