三城×幸田・新春湯煙殺人事件・編・10



「あの男は誰だ?」

部屋へ戻った幸田は、さも当然とばかりに三城の言及にあった。

だが、特にやましい事の無い幸田は、三城の真剣な声とは裏腹にあっさりと言ってのける。

「同じ予備校の先生ですよ。」

「それだけか?」

「はい。あ、教科も同じ数学で、僕より先輩です」

「そうか。」

座卓の前に並んで座った二人は、自然と身体を寄り添わせている。

座る前に、部屋に備え付けの冷蔵庫から缶ビールを二本持って来ていた三城は、一本のプルタグを開けると軽く煽った。

缶を座卓に置くと、キョトンとする幸田をよそに、三城はため息を吐く。

「どうしたんですか?」

自分の分の缶を開けながら、幸田は不思議そうに首を傾げる。

「いや、、、」

幸田から顔を反らした三城は、ばつが悪そうに呟いた。

「恭一があいつに言ったのかと思ってな。」

「言った、って何をですか?」

「今日、ここに来る事を、だ」

「はぁ?」

予想だにしなかった三城のセリフに、幸田は心底驚いた声を上げた。

だが、よく考えると三城の心配も頷けるものだ。

幸田自身、澤野と会った事はとても驚いている。

当事者でない三城が、「幸田が澤野にここに来る事を知らせていた。内密に会おうとしている」といった飛躍した考えを持ったとしても決して攻め立て出来るものではない。

けれど、そうでない事が事実なのだ。

「まさか。澤野先生とはそんな仲じゃないですよ。それどころか、、、」

幸田は一旦言葉を切り、視線を彷徨わせる。

「それどころか?」

「いえ、、、何て言うか、そんなに、、いい関係でも無い、というか。」

幸田が人を悪く言う事はめったになく、このように「いい関係ではない」と言う言い方ですら三城は驚いた。

「じゃぁ、どんな関係なんだ?」

「うーん、僕はそんなに気にしていないんですけど、同じ教科、っていうのが澤野先生には面白くないらしくて」

やはり幸田はオブラートに何重も包んだ言い方しかしなかったが、実際はそんな甘いものではなかった。

幸田の勤める予備校は、高校1年生から3年生までの各学年をランク別に別けたコースと浪人生のランク別のコースがある。

まだ入社5年目の幸田は新人と見なされ1年生の各コースを担当していて、入社12年目33歳の澤野は2年を担当している。

という事は、今年幸田の受け持ちだった生徒も翌年には澤野の生徒となる訳だが、「幸田の教え方が間違ってる」「生徒がまるで理解していない」「無駄な一年を過ごさせた」などあからさまな不評をこの4年され続けているのだ。

だが、その上の3年生、浪人生担当の先生方に言わせれば幸田の教え方に問題はなく、それどころか生徒や保護者からの評判も上場だという。

批判派沢野の極個人的なものらしい。

他にも、事有るごとに大小様々な嫌味や「意地悪」と言っていい程度の小さな嫌がらせをされている。

最初の1年こそ落ち込みもしたが、今となっては「一々相手にしていられない」、といったのが現状だ。

どうして自分が澤野にそのような仕打ちを受けているのだろう、と考えてもまるで答えが出てこない。

同僚の三枝に言わせると、澤野は幸田の学歴も容姿も評判も何もかもが自分より勝るのが悔しいのだろう、との事だったが、にわかに信じがたかった。

なぜなら、個人の好みはあるだろうが幸田が見る限り澤野の容姿は自分よりも優れているように思える美貌だし、学歴だって他県だが国立大出とほぼ同じだろう。

予備校教師という職業柄、大学のレベルに詳しくはあったが、それでも幸田の出身校と澤野の出身校に特別な差は無く感じられる。

ただ、同僚教師や保護者・生徒からの評判はというと、幸田の方が良いのは認めざるを得ない。

それは澤野の教え方が悪い、という公的ものではなく、「無愛想」「冷たい」といった私的なもので、「教師」として考えるならば問題は無く思える。

ここは学校ではなく予備校で、勉強を教えるだけの所なのだ。

幸田が一人つらつらと考えていると、眉間に皺を寄せた三城が幸田の顔を覗き込んできた。

「新婚旅行で他の男の事を考えているのか?」

「え?まぁ、そうですけど、、、わっ」

澤野が「他の男」である事にはかわりない、と頷くと、昼間のデジャビュのように幸田は三城に押し倒されていた。

「許さない」

三城の唇が幸田の耳たぶに触れ、低いが甘い口調でいうと、そこを甘噛みする。

「えっまっ待って、三城さっあっ」

浴衣の合わせから入り込んだ三城の手が、下着越しに幸田の自身をキュッと握ったかと思うとすぐに下着の中に侵入し、直接触れられ素早く扱き上げられたのだった。



 
*目次*