三城×幸田・新春湯煙殺人事件・編・27



福田が部屋を出てから幸田は誰に何を言われるでもなく、ただ座卓の前に座らされていた。

時折刑事達が出入りをし、ヒソヒソと会話をしていたが、耳を欹てて[そばだてて]まで聞こうとは思わなかった。

そんな気力もなかった、と言っていい。

早朝からの出来事が、精神的にも肉体的にも、幸田に多大な負担をかけていたのだ。

暫くして、取調室とされた部屋で幸田を見張るかのように点在していた刑事たちが慌しく動き始めたかと思うと、幸田はいきなり「帰っていい」と告げられた。

告げた刑事もそれだけを言うとすぐに居なくなってしまったし、他の刑事たちももう突っ立て居る者はいない。

訳も解らないまま、けれど理由を尋ねれる雰囲気ではなく、幸田は大人しく「解りました」とだけ告げ部屋を出た。

一体何があったのだろう。

たぶん容疑者が現れたとか、証拠が出てきたとか、幸田が犯人でないと解ったのだろう。

実際に幸田が犯人ではないので当たり前なのだが、解放され自由の身になると大きな安堵感が訪れる。

フーッと大きな息を吐きながら、部屋を出る為の襖を開けると、廊下の向かいの壁に背を預ける様にして愛しい男が待っていた。

「三城さん、、、」

まさか居るとは思っておらず、優しげに微笑む三城の姿を目にすると、今まで無意識に押さえつけていた様々な感情が溢れて来た。

辛い、とも、悲しい、とも一言で表すにはどれもしっくりとこない複雑な心境だった。

サッと周囲を見渡した幸田は、辺りに誰も居ない事を確認すると三城に駆け寄りその胸に飛び込んだ。

「おい」

普段ならば人目を気にする幸田の、予想外の行動に驚いた三城は驚きの声をあげた。

今は誰も居なくとも旅館の廊下故にいつ誰が通るか解らない場所である、という事が大きな要因だろう。

「ダメ、ですか?」

幸田は三城の厚い胸板に頬を押し当てたまま、離れようとはせずに呟いた。

三城の高鳴る鼓動が聞こえてくる。

「俺は構わん。だが、恭一が、、」

「僕も、いいんです」

きっぱりと言い切る幸田に三城は微かに目を見開いたが、優しげな笑みを取り戻すと至極優しい声で言い、そっと抱き返した。

「お疲れ様」

幸田はその三城の声や仕草に堪らなくなってしまった。

瞼に溜まった涙が頬を流れていく。

いい年をした男が泣くなんて、という思考は一瞬にして遠くへと去っている。

今更ながらに、澤野の死を思い出したというのもあった。

決して仲が良いとは言えなかったが、亡くなって清々するとは到底思えない。

嫌味な事を言われていたが、だからこそ関わりも多かった。

5年間同じ職場で毎日のように顔を合わせて働いた同僚だ、悲しくない訳がない。

そして、三城と自分の「二人の関係」を刑事達に正しく言えなかった後悔からだ。

取調べ後に放置されていた時間で幸田は、「自分は潜在意識の中で三城という恋人を恥じているのでは無いか」、という思いが生まれていた。

だから福田に「関係」を言えなかったのではないか、と。

今まではそんな事を考えもしなかったのに、事情聴取という名の尋問で追い詰められた結果だろう。

「クッ、、ぅ」

幸田はただ、涙がドンドンと溢れて止まらなかった。

色々な感情がグチャグチャになり、言葉一つ出てこない。

幸田は動く事も出来ず、三城の胸の中でただただ泣き続けた。

三城もまた何も言う事はなく、幸田の背中を撫で続ける。

その手つきはとても優しいものだった。



 
*目次*