三城×幸田・新春湯煙殺人事件・編・28



どれほど三城の胸に顔を埋めていたのか、嗚咽が引くと幸田はようやく顔を上げた。

泣いた事により、胸の中の嫌な物が減った気がする。

少しだが気持ちが纏った風にも思えた。

呼吸を落ち着けるため、幸田はフーッと息を吐き出す。

三城の前で泣いた事が無いとは言わないが、ここまで大泣きをしてしまったのは初めてだ。

恥ずかしさを誤魔化す為、はにかんだ笑みを浮かべゆっくりと身体を離した。

背中に回されていた三城の手も、同じように離れていく。

だがその手が離れても尚、幸田はまだ背中に三城の大きな手があるような錯覚に陥っていた。

暖かくて、頼りになる。

時として自分の小ささを思い知らされてしまうが、決して離したくない手。

何と考えず、幸田が三城の手に触れようと手を伸ばした時、

「やっと終わったか?」

不意に背後から粗暴な声をかけられ、幸田は驚きのあまり肩を震わせて反射的に振り返った。

そこに立っていたのは、先ほど取り調べ室に入ってきたキャリアの警視・室町だ。

虚を突かれた幸田は、何も言えないまま室町を見つめ返す。

先の彼の言葉から察するに、見られていたのだろう。

幸田はサッと青くなった。

世間にゲイというものがどのように思われているのか、知っているつもりだった。

少なくとも幸田は、受け入れられないものと思って生きている。

だが、室町はそれについて特に何も言わず、三城に向かって歩いて行くとぶっきらぼうに口を開いた。

「廊下でラブシーンしてんじゃねーよ」

「ラブシーンと解っているなら、遠慮したらどうだ?」

「だから終わるまで待っててやっただろ?」

機嫌の悪そうな、だが本気で怒っている訳ではないだろう三城の口調と、軽口で返す室町の姿を見ると幸田は再び呆然としてしまった。

とても初対面とは思えない。

そして、改めて見た室町は先ほどと印象がまるで違った。

取調室での彼は、エリートそのもののキリリと引き締まった面持ちをしていたはずなのに、今目の前に居る男は着ている物も髪型も何一つ変わらないはずだが、どこか下品にすら見える。

幸田が呆然と見つめる中、室町は壁に背中を預けポケットから煙草を取り出した。

まさかこんな所で吸うのだろうか、という幸田の疑問は「YES」という回答ですぐに実現される。

呆れて言葉も出ない幸田をよそに、三城は注意をしようともせず、思い出したように室町を幸田に紹介した。

「恭一、こいつは室町。大学の同期で、今は警視庁に居るんだ」

幸田は息か言葉か解らない物を漏らし返答をすると、グィッと三城に肩を引き寄せられた。

不意を突かれた幸田はよろけそうになりながらも持ちこたえ、どうするべきかと頭上の三城を見上げる。

「嫁の恭一。どうだ、可愛いだろ?」

室町に向き直った三城は自慢げな口調で言うが、幸田はギョッとし慌てて離れようとした。

廊下で煙草を吸出した室町に驚き忘れていたが(それもどうかはと思うのだが)、彼には三城と抱き合っている所を見られていたのだ。

抱き合いしかも泣いている所を見られた羞恥と、世間体という言葉が幸田を襲う。

だが、三城は離れる事を許さなかった。

「可愛いつーか、美人だろ?お前にはもったいない」

いつの間にか壁伝いにズルズルと座り込んでいた室町は、二人を見上げる格好で煙草を吹かす。

「恭一は可愛いんだよ。それに、俺意外に恭一を幸せに出来るやつが居るわけないだろ。」

「大した自信だな。泣かせてたくせによ。」

「あれは俺のせいじゃない。」

「えっえ?」

飛び交う会話に幸田は目を白黒させ、再びキョロキョロと二人を見比べる。

「どうした?」

「室町さん、、、知ってるんですか?」

幸田は遠慮がちに小声で三城に尋ねた。

幸田にとってゲイである事は友人・知人に話せる事ではない。

先日三城の両親の元に行った時も、一世一代の気合を入れて望んだのだ。

それなのに、いきなり現れた恋人の友人に二人の関係を知られているなど、想像も出来ない。

だというのに、二人の返答は実にアッサリしていた。

「あぁ。」

「知ってるけどなんだ?」

同時に放たれた言葉に、幸田は先ほどの涙を後悔し、「ゲイである事は公然としてよいのではないか」と、今までの人生に疑問すら浮んだのだった。



 
*目次*