三城×幸田・新春湯煙殺人事件・編・32



夕方、ようやく起きた幸田の目覚めはあまり良くなかった。

夢み見が悪かったのだろう。

はっきりとは覚えていないのだが、とても切ない気分で、胸が苦しかった。

今朝の出来事───同僚の死がそうさせたのかも知れない。

ベッドから降りた幸田は、三城を探す為部屋を出た。

とは言っても、三城が居るだろう場所の目星は付いている。

三城は一人の時間の大抵を、書斎で過ごしているのだ。

果たして今回もそうらしく、ノック一セットで書斎の扉が中から開けられた。

「起きたか。」

三城のいつもと変わらぬ、機嫌が良い時に見せる柔らかい笑みを見ると幸田はとても安堵し、無意識のうちに腕は三城へと伸ばされていた。

鍛え上げられた身体に抱きつく。

「どうした?今日は甘えただな。」

からかうような口調が聞こえたが、幸田は離れる気など起きなかった。

三城の胸がとても温かくて、切なさが余計に苦しくなる。

「なんだか、三城さんが居なくなったような気がして。」

幸田の言葉に虚を突かれたのか、三城の動きが一瞬止まった。

「大丈夫だ、俺は何処にも行かない。」

呆れたようにクスリと笑ったが、三城の腕は「逃がさない」とばかりに幸田を強く抱きしめた。

三城の心地よいバリトンの声が幸田の耳元で響く。

その声があまりに優しくて甘くて、苦しさは増すばかりだ。

「ごめんんさい。」

「何がだ?」

「言えなくて、、、」

懺悔だ。

それは三城へではなく、たぶん自分に。

胸に痞えている苦い物を吐き出すように、幸田は三城の胸に顔を埋めたまま唇を開いた。

さきほど散々泣いたのだ。

もう泣かないでおこうと思いながらも、声が上擦る。

「言えなくて、刑事さん達に僕達の関係を、、、」

「あぁ、その事か。」

「知っていたんですか?」

「知りはしなかったが、想像はしていた。」

「ごめんなさい。」

三城は、幸田が言うはずがないと思っていたのだろうか。

実際言わなかった訳だからそれでかまわないのだが、胸に冷たい風が吹いた気分になる。

「言っただろ?『言いたくないなら話さなくていい』と」

「、、、あ」

警察が来る前、最後に二人っきりで居た時だ。

確かに三城は幸田にそう告げていた。

その時は、何の事だろうと思っていたが、この事だったのか。

そして、こうも続けたのだ。

「『俺がついてる』」

同じ言葉を、三城は呟いた。

前の時とは違う、不安や心配など何も無い、ひたすらに甘い声で。

──俺が、ついている

先ほど感じた冷たさは、現金なものですぐに陽だまりの温もりへと変わった。

三城の事となると幸田は実に単純であるのだが、本人は気づいていないようだ。

幸田は事件を解決に導いたのが三城だとはまだ知らされていないのだが、何故か幸田は、三城が無実を証明してくれたのだろうと確信した。

「ごめんなさい」

何に対する謝罪かは、幸田も解らなかった。

ただ、言葉が唇から零れる。

「いいんだ。言いたくなければ、誰にも言わなくていい。」

三城は幸田に甘い。

常からそうではあるのだが、今日は一際甘やかしてくる。

けれどそこに甘んじているだけでは居たくはなかった。

三城に寄りかかるだけの存在になど、なりたくはない。

「僕は、まだ皆には話せないと思います。でも、話せる人を見つけたい。見つけて自慢したいです、三城さんを。」

顔をあげた幸田は、瞼に涙を浮かべた顔で三城を見上げ、フワリと微笑んだ。

ひたすらに隠してきた、自分の本質。

でも、もう隠すだけはやめよう。

三城は何処に出しても恥ずかしくない理想の「夫」だ。

話して、認められて、祝福されたい。

諦めていた本能のような感覚が、幸田の中に目覚めた。

両親は幸田がゲイである事を知る前に亡くなっている。

今まではそれで良かったと思っていたが、初めて同性の恋人──夫を紹介出来ない事に寂しさを感じた。

「恭一」

三城の瞳が「嬉しい」と物語り、唇が幸田のそれに重なる。

隠し続けた真実を話すと言うのは簡単な事ではなく、聡明な三城がそこに気づかない訳もないだろう。

触れ合うだけのキスが、夕日が差し込むリビングで長い間続いた。

まるで、誓いのキスのように───



 
*目次*