三城×幸田・新春湯煙殺人事件・編・9



のぼせそうなほど温泉を堪能した二人は、談笑をしながら部屋へと歩いていた。

板張りの廊下がひんやりと冷たく、火照った身体に気持ち良い。

チラリと見た三城は、半渇きの髪が頬にかかり普段よりも幾分幼く見えた。

「どうした?」

幸田の視線に気づいたらしい三城がこちらを見、ふわりと笑う。

たったそれだけなのに、何故か幸田の胸はドキリと鳴った。

「どうもしません」

照れ隠しに首を振りながら言うと、のぼせとは別に顔が赤くなるのを感じ三城から顔を背けた。

見惚れた、なんて言える訳が無い。

だが三城からクスリと笑う声が聞こえた気がする。

「恥ずかしいじゃないか」と幸田が口の中で呟き、迷路のような廊下を数度曲がった時だ。

「、、、あっ」

角から現れた人物が、小さな声を漏らし立ち止まる気配がした。

つられるようにそちらを見た幸田もまた、唖然と立ち止まる。

「あ、、、澤野【さわの】先生・・・」

そこに居たのは、幸田達と同じ浴衣を着た30代半ばの男だった。

澤野は幸田の同僚で、教科も同じ数学を教える教師だ。

落ち着いた雰囲気のいかにもなインテリで、銀フレームの眼鏡から覗く鋭い眼光が近寄りがたさを醸し出している。

そして、誰もが目を惹きつけられそうな、非常に整った面持ちをしていた。

女性的とも言える顔立ちだが、同じ女性的でも幸田のような柔らかさは感じられず、どこまでもクールに見えた。

「幸田先生、どうしてこんな所に、、、」

澤野は動揺を隠し切れない口調で呟いた。

それは幸田への問いかけと言うよりは彼の独り言のように思える。

それもそうだろう。

ここは巷で人気の宿、という訳でもないし、周りに観光地がある訳でもない。

逆に高級すぎるほどに高級で、それゆえにこんな正月そうそうでも数日前に予約が取れたのだ。

知り合いに会ったとして「奇遇ですね」で済ますにはあまりに「奇遇」過ぎた。

そう思ったのは幸田も同じで、「街中で知り合いに会う」なんてものと比べ物にならないほどに驚いている。

「澤野先生はご家族とですか?」

何か言わなければとの一心で出た、苦し紛れの言葉だった。

「、、、いえ、」

だがその質問に澤野のあまりいい顔をせず、歯切れ悪く答えるとチラリと三城を見た。

「幸田先生は、、、、ご友人と?」

含みのある言い方だ。

二人の関係に気がついたかどうかは解らないが、いぶかしんでいるのだろう。

確かに、男二人で来る雰囲気の旅館でない事も確かだ。

「え、あ、はい」

慌てながらも肯定する幸田に、澤田は嘲笑と呼ぶに相応しい笑みを浮かべた。

「そうですか。良い旅行を、、、。では、」

話しはこれで終わりだ、とばかりに言うと、沢野は今度ははっきりと三城を見て軽く頭を下げ、廊下を歩いて行ったのだった。



 
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